【論文解説】リンパ節ごとのレパトア解析(3)
(3)では、前半部分の、リンパ節ごとのレパトア解析に触れます。
この記事では、以下の論文を紹介しています。
Stephanie K. Lathrop, Nicole A. Santacruz, Dominic Pham, Jingqin Luo, Chyi-Song Hsieh;Antigen-specific peripheral shaping of the natural regulatory T cell population J Exp Med 22 December 2008; 205 (13): 3105–3117. doi: https://doi.org/10.1084/jem.20081359
論文の紹介とabstractの解説を載せた(1)
https://statisticsschool.com/?p=718
introductionの解説(2)
https://statisticsschool.com/?p=760
レパトア解析の実験系
実験系を組む時、読む時は、なぜそのようなことをしたのかまで理解できると勉強になると思います。
- TCliという名前のTCRのβ鎖のみが発現するような遺伝子改変マウスで、α鎖のレパトアを調べた
- α鎖のうち、10%未満を占めるVα2鎖を持つものだけをシーケンス(配列決定)した
以上2点は、レパトアの多様性を生体的にも解析手法的にも制限するために行なったことです。
レパトア解析は、α鎖とβ鎖のどちらかのみを見るのが主流です。
両方の組み合わせを見ようとすると単純にTCRの種類が2乗になってしまって、
どのようなTCRが多くて、どのようなTCRが共通しているのか、といった傾向が見づらくなってしまうからです。
また、Vα2のみを見ることで1/10程度にレパトアが制限されます(シーケンスの値段が安い、という裏事情もあります)
α鎖の種類を制限しない手法も存在します。
多様性を制限する弊害として、本当に生体内で実際に起こっていることを観察できているのか?という疑問が残されてしまいます。
まずは多様性を制限した系ではっきりとした傾向を掴んでから、より多様性を大きくした系で適用範囲を広げていくしかないのではないかと思います。
- 実験は4回行い、うち3回は、3~5匹のマウスの細胞を一つに混ぜて行い、4回目は3匹のマウスを混ぜずに配列決定を行いました。
混ぜた理由としては、単純に細胞数が少ないことが挙げられます。
細胞数が少なすぎると単純にシーケンサーの検出感度以下になってしまう恐れもありますし、
読み込んだ配列が少なすぎると、それがどんな集団なのか分からないからです。
たくさんの色や形の玉が入った袋からいくつか取り出すようなイメージです。
2個しか取り出さなかった場合、それが青い玉と赤い玉だったとしても、そこから分かることはほとんど無いと思います。
でも10個取り出せば、もっと色んな色の玉が存在することも分かったり、はたまた本当に2種類の色しか存在しない可能性が浮上することだってありましょう。
混ぜることのデメリットとして、個体間の差が観察できないということがあります。
4回目の実験は、細胞数が少なくなってしまう代わりに、個体間の違いを見ているのだと思われます。
結果
TregとエフェクターTconvにおいて、頻度の高いTCR配列(clonotype)は場所によって異なる。
各リンパ節で、頻度が最も高いclonotypeに着目し、そのclonotypeが他のリンパ節でどのくらい頻度が高いのかを調べました。
結果、Tregと活性化したCD44highTconvは、頻度の高いcloneが共通していないということがわかりました。
一方、ナイーブなCD44lowTconvは頻度の高いcloneが共通しているということがわかりました。
例えば、脾臓で頻度の高いclononotypeが腸間膜リンパ節や鼠蹊リンパ節でもそこそこの頻度で存在している、といった具合です。
レパトアのデータセットは、各サンプルでclonotype数が1000くらい、読み込んだTCRの数としては6000ほどの規模であり、
パッと見て何か傾向が分かるような感じではありません。そのため、色々な切り口で解析してみる必要があります。
レパトアの類似度は、ナイーブTconv同士だと高いが、Treg同士や一部のエフェクターTconv同士では低い。
筆者らは、レパトア同士の類似度を測る指標として、Morisita-Horn indexを使用しました。
これはclonotypeの種類と頻度の情報をもとに、その集団がどれくらい似ているのかを数値として算出するものです。
元々は生態学で、生物の分布を比較する指標として考案されたものが応用されています。
全く同じ集団だとMorisita-Horn indexは1になり、全く似ていないと0になります。
レパトアの一部のcloneに着目するだけではなく全体を比較することができる、という利点があります。
例外的に、鼠蹊リンパ節と腋窩リンパ節のレパトアが、TregやエフェクターTconv同士でも比較的高い(MH index : 0.6~0.8)という結果が出ました。
鼠蹊リンパ節と腋窩リンパ節に存在する抗原や自己抗原の種類が似ている可能性を示唆できるデータだと思います。
どちらも、皮膚と四肢からのリンパ液が集まるリンパ節ですから、そこに存在する自己抗原や非自己の抗原が似ているのも腑に落ちます。
鼠蹊リンパ節は臍より下の部分、腋窩リンパ節は臍より上の部分からリンパを集めているみたいです。
TregとエフェクターTconvのレパトアは異なる
筆者らはつぎに、TregとCD44highのエフェクターなTconvに関して、頻度の高い上位50位のTCR配列(clonotype)を抜き出し、
clonotypeが共通しているか、頻度分布は似ているのか検証を行いました。
その結果、clonotypeの重複はほとんど無く、重複しているものに関しても頻度が比較的低いため、clone分布が大きく異なっていることが可視化されました。
TregとCD44highTconvは、リンパ組織ごとに異なるレパトアを持つという点において似ていますが、
それは似たレパトアを持っているからではなく、それぞれ異なったレパトアを持った上で、傾向が似ているだけなのだということが分かりました。
ナイーブTconvとエフェクターTconvのレパトアも異なる
同様にCD44lowのナイーブなTconvとCD44highのエフェクターなTconvも頻度分布を見比べてみました。
すると、Tregと比較した時よりもclonotypeの重複は多くみられましたが、その頻度が両者で大きく異なっていたため、
clonotypeの分布が異なっていることが分かりました。
エフェクターTconvも元々はナイーブなので、重複(overlap)が大きくなるのはある意味当然です。
しかしその頻度分布が異なるということから、どのナイーブなTCRも一様に活性化し、エフェクターになるわけではなく、
活性化するclonotypeはそのうち一部なのだということが分かりました。
実験回ごとにエフェクターTconvのレパトアは異なる
これはMorisita-Horn indexによる類似度の評価により分かったことです。
同じ種類の細胞のレパトア同士が、異なる実験回だと似ているのかどうかを検証しています。
結果、ナイーブなCD44lowTconv同士の類似度が一番高く、つぎにTreg同士の類似度が高く(といっても0.5くらいでかなり違います)、
エフェクターなCD44high同士の類似度は低いということが分かりました。
実験回ごとに3~5匹のマウスをプールしているはずですが、個体差があまり押し並べられるわけではなかったです。
3~5匹のマウスのレパトアの平均同士を比べても大幅に異なっているということなので、1匹1匹の差はより大きいはずです。
リンパ節の場所によるレパトアの違いよりも、細胞の種類によるレパトアの違いの方が大きい
MH indexを全てのレパトアの組み合わせで算出し、近いもの同士でクラスタリングを行うと、
同じ細胞種(Treg/CD44highTconv/CD44lowTconv)の異なるリンパ組織由来のレパトアが近くにクラスタリングされたことから、筆者らはこう主張しています。
末梢でのTreg⇄Tconvの変換はレパトア全体にあまり寄与していない
また、もしTreg⇄Tconvの末梢における変換がたくさん起こっており、レパトア全体への寄与が大きいのならば、
TregとTconvには共通する配列がたくさん存在するはずであり、その分レパトア同士の類似度は高くなるはずですが、
クラスタリングによってTregとCD44highTconvのレパトアがはっきりと分かれたことから、
末梢でのTreg⇄Tconvの変換はレパトア全体にあまり寄与していないということが示唆されました。
TCRを1種類に固定したマウスに抗原を与える(免疫する)ことによって末梢にTregが誘導される、という先行研究とは矛盾した結果ですが、
先行研究よりも今回の実験系の方がより自然な状態に近い(レパトアの多様性が比較的高く、免疫なども行なっていない)ため、
今回の結果の方がより生体内の実情を反映しているのではないかと思われます。
次回は後半の、T細胞移入実験の内容に入っていきます。
末梢でのTreg⇄Tconvの変換はレパトア全体にどれくらい寄与しているのかをより直接的に証明するために、
体内にT細胞を注射して、それが体内でどう変化するのかをみていきます。]